
去る3月16日、母が亡くなった。まだ59歳だった。
病院の検査で病気が発覚し、緊急入院してから8日目のことだった。
天国のお母さんへ。
どうか、この手紙が届きますように・・・
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どんな時でも、自分の事は二の次で、私達家族のことばかりを心配してくれていたお母さん。
突然の不幸なんて、死なんて他人事やと思ってた。
特にお母さんはパワフルで、元気がとりえの様な人やったからね。
お母さんが介護疲れでしんどいと訴えていた時も、どこかで大丈夫という過信があって、
本当は親身になって考えていなかったんやと今更気付いたよ。
今思えば、こういう結果になってもおかしくないほど、お母さんは1人で頑張ってくれてたもんね。
なんで、もっと早く気付いてあげられへんかったんやろうと、本当に不甲斐なさを感じるよ。
でも家族以外の他人にまで優しくしていたお母さんが、どうしてあんな形で最後まで苦しみながら
逝かなければならなかったのか、どうしておばあちゃんの後を追うように、今、急いで逝かなければ
ならなかったのかと考えると、私はどうしても納得ができなくて。
おばあちゃんが亡くなって、これからやっとお母さんが自分のために人生を生きられる、
やっと私も親孝行ができると思っていた矢先やったのに・・・
行きたがっていた旅行も、たった1泊すら実現することなく、ただ人生のしんどい部分だけを
背負い込んで、どうしてこんなにも早く逝かなければならなかったんやろう。
そしてゆうあんがこれからハイハイして、歩いて、おしゃべりするところを
一緒に見守っていけると思っていたのに・・・
お母さんは朦朧とした意識の中、最後の力を振り絞ってゆうあんを抱きしめてくれたね。
「おばあちゃんて呼ばれるのは嫌やから、"ちゃーちゃん"って呼ばすんや」って、お母さん張り切ってたのに。
まだゆうあんはちゃーちゃんって一度も呼んでもいないよ・・・
お母さんのことやから、家に残されたお父さんと弟のことが心配で仕方ないやろうね。
2人とも、かなり意気消沈してるよ。本当にお母さんに頼りきっていたからね。こういう時、男の人は弱いね。
お父さんもそんなに愛妻家やったの?ってくらい、毎日のようにお母さんの夢を見て、
お母さんの布団に寝て、お母さんが着ていたベストを着て・・・
「お父さんと結婚してお母さん幸せやったんかな」、なんてらしくないことまで言ってたよ。
そんな後ろ向きな気持ちやったら、お母さんも気がかりで成仏できないんじゃないかと私は心配してるんやけどね。
2人が少しでも前向きに生きられるように、遠くから見守っていてあげて。
私は・・・
お母さんが居ないのに、2人目の赤ちゃんを産めるかどうか、不安やけどね。
お母さんの命を受け継ぐ為にも、頑張ってお母さんに似た子供を産むね。
陣痛はニ度と経験したくないとも思ったけど、お母さんが耐えた闘病生活に比べたら、比じゃないよね。
せめてもう少し、もう少しだけお母さんと話がしたかったな。
そして死を悟ったお母さんの不安を、一緒に泣いて、少しでも受け止めてあげたかった。
最後に交わした言葉が、「洗濯物いっぱい出してごめん」なんて。
そんなのどうでもいいのに・・・
謝らなきゃいけないのは、こっちの方だよ。
お母さんごめん、助けてあげられなくってごめん。
今までどうもありがとう。お母さんの子供に生まれて本当によかった。